半導体の未来を、素材から支える
デジタル機器に囲まれた生活を送る現代において、一度は耳にしたことがある半導体。パソコンやスマートフォンに限らず、家電製品や自動車、電車など身の回りのあらゆる機械に使用されている。より豊かな社会を実現するためには、将来にわたって半導体の性能向上が求められるが、増大する情報量に伴いエネルギーも大量に消費してしまう。近年、半導体の省エネルギー化や効率化が喫緊の課題となっている。より高性能な半導体を生み出すため研究を続けるのが、総合研究所ナノエレクトロニクス研究センターの澤野 憲太郎教授である。
半導体の製造に欠かせない材料が、薄い円盤状のシリコンウェハーだ。その名の通りシリコンからできている。シリコンは、地球で酸素の次に多く存在する元素で容易に採取できる上、加工もしやすい。安全かつ化学的に安定しており、さまざまな環境下で使用できる。珪石を精製し、単結晶化させ、様々な加工工程を経てシリコンウェハーは完成する。これを基板として回路を書き込むことで、集積回路、いわゆるICが作られる。「我々の研究は、この半導体の大元の材料を、もっと効率が良いものに変えよう、というものです。」
1cm角ほどのICチップには、数10ナノメートルほどの小さなトランジスタが100億個以上並んでいる。トランジスタは電流の流れを制御するスイッチの役目を担い、電流のオンオフを切り替えることで、デジタル、すなわち0と1の処理を行う。トランジスタ同士を繋げることで、大量のデータを処理できるようになるが、同時に電流の配線も増えるため発熱も増大する。世界中のIT企業が建設を急ぐデータセンターでは、サーバーの中にある半導体が大量の電気を消費し、大きな問題になっている。「今後、情報量が減るということはありません。2030年には世界の総発電量の1割をデータセンターが消費すると言われており、喫緊の課題です。このままでは様々な技術開発そのものも限界を迎え、世の中の成長がストップしてしまうのではないか、という危機感を覚えています。」

解決の鍵となるのが、信号を伝送する方法を電流から光に置き換える、チップ内光配線だ。光は発熱しないため、消費エネルギーを大幅に削減できる。シリコンフォトニクスと呼ばれる光集積回路の開発が世界中で行われており、実現できた場合は社会に大きなインパクトを与える。「光信号から電気信号に変換する、また光の道をつくるといった技術は既に実現できています。しかし、光源であるレーザーはまだ実現されていません。シリコン自体は発光しないので、シリコンウェハーの上にゲルマニウムの薄膜をつくることによって、実現に近づけようとしています。」
ゲルマニウムはシリコンと似た性質を持ちつつ、電子も流れやすい。半導体の材料としては非常に有益であり、ゲルマニウム基板を使用するのが効果的だが、希少材料でありシリコンのように容易に採取できない。澤野教授の研究室では、シリコンウェハーをあたかもゲルマニウムでできた基板のように扱うことができる、大面積のゲルマニウムウェハー作製技術の開発に成功し、チップ内光配線の実現に向け大きく前進した。現段階ではあと10年ほどで実用化できると期待している。「高温でシリコンやゲルマニウムを溶かして蒸発させ、原子同士をくっつけます。そうすることで結晶が成長していき、シリコンの上にゲルマニウムの薄膜を作ることができます。この時に発生してしまう結晶割れをどう防ぐか、という研究も進んでいます。シリコンゲルマニウムという、シリコンとゲルマニウムの中間に位置する新しい元素ができるということも、面白いですね。」

東京都市大学は半導体を製造できる大規模なクリーンルームを設置しており、私立大学の中でもトップクラスの環境を整備している。ここで、約80名の学生が日夜研究を続けている。澤野教授の研究室が行なっている半導体の研究は、手を動かして素材を作る「ものづくり」の一面が強いという。「人の力で新しい素材を作るという部分に興味があり、ずっと研究を続けています。ものづくりは経験も重要で、学生同士が実験の手法などを教え合うことも大切です。大勢で和気藹々と研究することで、より良い成果が生まれる。人が集まりやすい東京で研究している一つのメリットです。」

情報処理を行う根源ともいえる半導体を研究している澤野教授に、情報量が増え続ける社会をどう捉えているか尋ねると、意外な言葉が返ってきた。「情報に振り回されてしまう人も多いですし、人間関係が希薄になってきてしまっている気がします。やはり人は信頼関係や愛情が必要なのではないかと思いますね。」

人の手で新しい素材を生み出すように、研究室では知識や経験が受け継がれ、新たな可能性が生まれている。膨大なデータが行き交うこの時代に、澤野教授の言葉はどこか温かく響く。技術革新は人を遠ざけるものではなく、近づけるもの。その未来を実現させようと、澤野教授の研究室は、熱を帯びている。

理工学部電気電子通信工学科、大学院総合理工学研究科電気電子工学専攻教授、総合研究所ナノエレクトロニクス研究センター センター長。2005年、東京大学工学系研究科物理工学専攻博士修了、博士号(工学)取得。2005年、武蔵工業大学(現 東京都市大学)助手。2016年より現職。