持続可能な社会に進むための、エンジンとは
私たちが普段ものを買うとき、その品物の多くはトラックによって運ばれてくる。出かけるとき、一度はバスに乗って移動したことがあるだろう。自動車の動力源はエンジンがほとんどを占めるが、排出されるガスに含まれる二酸化炭素や粒子状物質(PM)などによって環境汚染が引き起こされ、地球規模でその解決が急がれている。エンジンの環境負荷低減を研究しているのが、理工学部の伊東明美教授である。
伊東教授は大きく分けて二つの研究を推進している。一つ目はエンジンのピストン周りの潤滑に関する研究だ。オイル消費メカニズムの解明や、摩擦損失の低減に取り組んでいる。エンジンは多数の部品から構成されるが、中でもピストンは重要な部品の一つ。シリンダと呼ばれる部品の中を往復運動し、燃料と空気を圧縮し、燃焼ガスを作り出す。このガスの爆発力が、クランクシャフトと呼ばれる別の部品を回すエネルギーとなり、最終的に自動車を動かす力を作り出す。そのため、ピストンに余計な摩擦や抵抗が発生してしまうと、そのままエンジンの効率や性能、ひいては環境性能に直結してしまうわけだ。「伝統的なエンジンの排ガスをより綺麗なものする。そして燃費を向上させることで環境負荷を下げるという研究です。」

伊東教授の研究室では、ピストン周りの状態を正確に測定する独自の技術を有している。隙間センサを有する回転ピストンを開発し、実際にエンジンを動かした環境で、シリンダボアとよばれる内径の形状を測定する。また、光ファイバをピストンリングと呼ばれる部品に埋め込むことで、シリンダ上の潤滑油の厚みを正確に測定することにも成功している。「こういった測定技術を有しているところは珍しいので、メーカーからお声がけいただくことも多いです。これまで行えなかった測定を行えることで、メーカーがより環境負荷低減につながるエンジンの開発を行えるようになる、と期待しています。」

もう一つの研究は、水素エンジンの実用化に関する研究である。バッテリーを搭載した電気自動車(EV)は珍しいものではなくなったが、トラックやバスといった商業車においては、バッテリーによって積載数や乗客数が限られてしまう。充電時間や過酷な環境下での信頼性など、課題も多い。また現在、日本の各メーカーが有するエンジンや車両の開発・製造技術は高い国際競争力を持つ。しかしながらEVが主流になると、エンジンに関する技術は廃れ国際競争力も失ってしまう可能性がある。水素を燃料としたエンジンが主流になれば、現在のエンジン技術を応用でき、国際開発力も維持できるため、将来の動力源として期待されている。
研究では実際に水素燃料用のエンジンを開発し、それを車両に搭載して様々な実験を行う必要があり、省庁や自動車メーカー、部品メーカー、エネルギー会社などの協力が必要不可欠だという。そのため、東京都市大学や伊東教授の研究室を中心にコンソーシアムを結成して研究を推進している。実際に、4トン車のトラックでは十分実用化できるレベルまでに研究が進んでいるという。「水素を燃やすことで発生する水分が、エンジンオイルと混ざって乳化してしまう課題など、克服すべきところはまだあります。私の恩師の教えもあり、一つ一つ課題を克服し研究を進めることができる体制づくりに力を入れています。」
伊東教授の研究室は、コンソーシアムのほかにも、様々な形で産業界と多くのつながりをもつ。メーカーが製品開発に活かすデータを取得できるよう、ピストンの計測器を貸し出す機会も多い。また国内外の研究者ともコミュニケーションを図り最新の情報を取得するように努め、今どのような研究が必要なのかを把握する。「産業界にとって効率的、合理的な方法をいち早く見つけてもらえるように、多くの方々と協力し合っています。」

伊東教授は東京都市大学(旧 武蔵工業大学)に入学後、内燃機関工学研究室に所属する。こういった研究に携わるようになったのは、車や電車や建機といった動くものが好きという性格と、高校時代の教員による指導のおかげだという。「数学が得意なのであれば、理系の理工学部に進学したらいいのでは、と教わりました。そしてエンジンを自分の手で組んでみたかったので、この研究室に入りました。私が入学した時から、ここの研究室はエンジンの分解や組み立ては日常的な光景。それは今でも変わりません。」
東京はトラックやバスが走る台数も多い。今、東京が抱える課題を尋ねてみた。「公共交通のカーボンフリー化は待ったなしの状態です。また、仮に水素エンジンを搭載したバスやトラックが走るようになっても、水素を充填するステーションの課題もあります。大型車両向けのステーションはまだ限りがあるので、どう整備させていくか考える必要があると思います。」
伊東教授は、商業車に求められる技術レベルの高さに、研究の面白さを感じている。「トラックやバス、建機は社会インフラの一部なので、人の役に立てていると実感できます。一度トラブルが起きてしまったら、その影響は広範囲に及びます。そのため、求められる技術レベルも自然と高くなる。そこが面白いところですね。」
都市を駆けるバスやトラック。その一台一台が、誰かの暮らしを支え、社会の歯車を回している。社会を支える力の維持と、環境負荷低減の両立。この難題に挑み続ける伊東教授の研究は、持続可能な社会へ進むためのエンジンなのである。

理工学部 機械工学科、大学院総合理工学研究科 機械工学専攻教授。1989年、武蔵工業大学工学部機械工学科卒業。1991年、武蔵工業大学大学院 博士前期課程工学研究科機械工学専攻修了。1994年、武蔵工業大学大学院 博士後期課程工学研究科機械工学専攻修了。博士(工学)。