見えない地盤を、データサイエンスによって見えるものにする
あなたが今過ごしている建物。その下にある地盤について、気にしたことはあるだろうか。建物や構造物を建設する際、地盤調査は欠かすことのできないものである。実際に地中をくまなく掘り、地盤の中をすべて確認することは、現実的には難しく、これまでの知見や経験が土木の世界では有益とされている。ただし、そこにはどうしても合理的とはいえない判断も含まれてしまう。地盤工学とデータサイエンスを組み合わせることによって、土木工学における合理的な意思決定を探求しているのが、建築都市デザイン学部の珠玖 隆行教授である。
珠玖教授の研究テーマは多岐にわたる。一例として、空間的に疎なボーリングデータから、3次元の地盤を再現するというものがある。建造物を建築する際、はじめに建築予定地の地盤調査が行われる。地面に穴を掘るボーリング工事を行い、土のサンプルを採取し、実験室で試験にかけ、どのような性質を持っているか調べる。建設予定地のあらゆる箇所で調査を行うことができれば、確実なデータを得ることができるが、この調査方法は時間とコストがかかる。そのため、特定の数点から採取したサンプルと地形などから技術者や地質学者が検証を行い、「このような地盤だと予測できる」と判断する。珠玖教授は、サンプルで得られたデータや地形のデータを機械学習させ、人間が導き出した地盤の予想と、ほぼ一致するものを出力させることに成功した。「地中の話なので、実際にどのような地盤かという正解はわからないのです。人間が書いたものは『これを信じてください』と言うしかない。しかしながら、コンピューターで出せたものは、どの程度確実かという数字が出せます。より合理的な判断がしやすくなります。」

ほかにも、地盤の変動を様々な人工衛星から得たデータを取得し、解析する研究がある。人工衛星によって得られる特定の地点の変動データを一定の期間取得し、その地盤が安定しているか、沈下しているのかを観測する。宇宙から観測するため、膨大なデータを取得できる代わりに、多くの不要なノイズが乗ってしまう。珠玖教授は、ここでも機械学習を用い、観測に必要なデータのみ抽出する研究を推進している。「人工衛星からは大量のデータを取得することができますが、大量すぎて人間では分析をすることができません。そこで機械学習を用いて、重要で適切な情報を抜き取ってもらう作業をさせる、というデータ解析の研究です。」

コンピューターのプログラムによってデータを分析する、と言葉にすると簡単だが、そもそもなぜそういったことができるのか、珠玖教授に尋ねた。「人間は、目の前にある空間しか認識できないです。ただ、機械は自由に空間を曲げたり、たたんだりすることができる。その結果、人間には見えない世界が見えてきます。私はこれを“解析しやすい空間に飛ばす”と表現しています。」

珠玖教授は大学院を卒業後、建設会社に就職する。しかし、地盤工学とデータサイエンスを組み合わせる研究への熱意は尽きなかった。フルタイムで業務を行う傍ら、休日は研究に没頭していたという。「パソコン一台あれば研究できる分野ですので、プログラムを書いてデータ解析をするということやっていました。仕事の疲れを研究で癒すような生活を送っていましたが、趣味にしておくのは勿体無いかもしれない、と思い立ち博士課程に進み、今があります。」
地盤のモデリングや、データベースの構築、破壊確率の計算や信頼性の解析など、地盤工学の分野はデータを用いて解決できる課題が多い、と珠玖教授は考える。現在はデータを活用しきれていないため、仮に地盤に杭を10本打てば十分な安全性を確保できても、杭を40本打つことで安全性を確保しているイメージだという。設計現場でも、最新の研究成果を使用する場面は限られてしまっている。「研究と並行して、データサイエンスの講習会も頻繁に開催しています。データを使えば合理的に色々な判断ができるということを、実務にも広げていきたいのです。」

2024年に東京都市大学に着任した珠玖教授に、東京という都市で研究することについて尋ねた。「国内外のお客様を呼びやすいです。人と繋がりやすくなりますし、色々な意見交換がしやすいですね。一方、人が多いので、日常的に取得するデータもノイズが多いと思います。ノイズを除去するためには、フィルターを自分のなかに持つ必要がある。そのためには基本的な勉強がどうしても必要なのではないでしょうか。あとは、なんだか無駄なことも多い気がするので、もっと合理的に物事が判断できるようになれば、よりよい社会になるのではないかと思いますね。」
見えない地盤をデータで読み解き、足元を固める。珠玖教授の研究は、建物の安全を支える新たな常識を生み出している。勘や経験に頼り切ることなく、合理的な判断を積み重ねることで、都市はより強く、しなやかになる。足元が確かであれば、未来への一歩も力強くなるのだ。

建築都市デザイン学部都市工学科、大学院総合理工学研究科建築都市デザイン専攻都市工学領域教授。2007年3月、島根大学大学院総合理工学研究科地球資源環境学領域卒業。国立シンガポール大学土木環境工学科訪問研究員、岡山大学工学部准教授等を経て現職。