これからのコミュニティを、東京の尾山台から考える
コミュニティと聞くと、皆さんはどのような光景をイメージするだろうか。地域の集落、趣味のサークル、マンションや地域の自治会、公園の井戸端会議、家族…。少し考えてみても、私たちの暮らしとコミュニティは切り離せない関係にあることがわかる。「人と人とのつながりから、新しい社会を創発する」ことをテーマに研究を続けるのが、都市生活学部の坂倉杏介教授である。
坂倉教授の研究室は、東京都市大学のキャンパスとは別に、東急大井町線の尾山台駅近くにある地域交流拠点「タタタハウス」の2階にも拠点を構える。「おやまちリビングラボ」と名付けられたその研究室では、日々、坂倉教授や研究室に在籍する学生が研究活動を行う。また地域住民や自治体、企業との交流拠点にもなっており、ここから様々なプロジェクトが生まれ、進行している。「おやまちリビングラボが面しているハッピーロード尾山台は、夕方16時から18時まで歩行者天国になります。そこを交流の場にすると何かいいきっかけが生まれるかもしれない。ちょうどその時間帯にゼミの授業をやっているので、商店街で授業をやったらいいのでは、というのがはじまりです。」

毎日16時から18時の間は歩行者天国となり、車両は通れなくなる。
もともと、おやまちリビングラボは2017年にスタートした「おやまちプロジェクト」の一環で開設された。おやまちプロジェクトは、特定の地域課題を解決するというものではなく、尾山台に暮らす人や働く人、そして大学が日常的に交流を行うことで、新しい活動が生まれる仕組みづくりを試みている。特に大切にしているのは、住民や学生の「やってみたい」という内的な動機だ。例えば、月に一度オープンする「おやまちカレー食堂」は、孤食をなくしたいという想いから生まれたもの。また、住民が病気になってしまう前に、医療が何かしらの形で関わることができないか、という思いで開設された「おやまち暮らしの保健室」は、病院にかかるほどではないが体調で気になる点を相談できるほか、看護師による血圧測定などが行われる。

コミュニティマネジメント研究室のウェブサイトより引用。
こういった活動をきっかけとして、人々が数珠繋ぎのようにつながり、高齢者のスマートフォン相談会や、親子サロンといった様々なイベントや新たなプロジェクトが生まれるきっかけとなっているという。「学校や病院といった、専門的な領域の中だけでは解決できない課題を解決するのが、地域の役割なのではないかと考えるようになりました。」

2024年度活動報告書より引用。
やりたいことをきっかけに、あらゆる人と人がつながり、プロジェクトとして展開する。そう聞くと、それぞれが気ままに活動してしまい、運営が難しい状態になってしまうようにも思える。プロジェクトを進行する上で、大切にしていることを坂倉教授に尋ねると、「漂流」という言葉を用いた説明がされた。「とりあえず一緒に始めてみて、その結果、前提がそもそも違っていたのではないか、といったように自分たちがもともと考えていたこととは違う方向に進むこともあります。このプロセスが大切で、私たちはそれを“漂流”と呼んでいます。意図的に漂流させることで、人と人が偶然出会い、参加する人も増え、予期しない出来事も起こる。偶発的なプロセスをとても重要視しています。」

東京都市大学は東京都世田谷区の住宅街に立地している。この立地だからこそ、あらゆる人々を巻き込んだ研究が行えるという。「実際に住んでいる方々と、社会課題の解決法を一緒に考えることは、すごく自然なこと。時代のあり方にも繋がることなのではないでしょうか。」
また実際にリビングラボという「場」を持っていることは、様々なプロジェクトを推進する上でとても有意義だと坂倉教授は言う。「この大学は教員と職員の距離が比較的近いように感じます。そのため、様々な事務手続きも、研究内容に則して頑張ってしていただける。研究を進めやすい理由の一つです。」

あたたかい雰囲気の中、坂倉研究室に所属する学生が集中して作業を行なっていた。
東京という大都市の課題はどのようなものがあるか聞くと、人と人との関わりを大切にする坂倉教授ならではの意見が聞かれた。「人がとにかく多いから、人と出会えない。これはもったいないことだと思います。建設的な関係性をもっと大切にした方がよいし、その方が気持ちも豊かになる。人と人が気軽に出会える場を、もっともっと作る必要があるのではないかなと感じています。」
ここ最近は、AIとの関わりについて考えを巡らせることも多いという。「生成AIを使うことが当たり前になると、想像してシミュレーションだけで終わるのではなく、実際にやってみるということがより大切になってくるのではないかと考えています。おそらく、他者と関わりながら学ぶことの価値が、これまで以上に重要になっていくでしょう。」
人と人がつながることで生まれる、新たな価値。それは「思いがけない縁の連鎖」である。最初から明確な正解を求めず、試行錯誤の中で生まれるものこそが、新たな可能性を拓く。東京という大都市を舞台に、坂倉教授が行う偶然を必然に変える場づくりは、暮らしを豊かにするヒントとなるのではないだろうか。

都市生活学部 / 総合研究所教授。1996年、慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。2003年9月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。2015年4月より東京都市大学都市生活学部准教授、コミュニティマネジメントラボ開設。2016年、慶應義塾大学大学院後期博士課程単位取得退学。2023年4月より現職。博士(政策・メディア)。