記憶を超えるメモリを創造し、次世代のコンピュータを実現する
パソコン上のデータを近くにいる人に渡したり、別のパソコンにデータを移したりする際、USBメモリを使う人が多いのではないだろうか。デジタルカメラに挿入したSDカードに、大量の写真データが保存されている人もいるかもしれない。USBメモリもSDカードも、今ではコンビニで購入できるほど身近な存在だ。これらは電源を切ってもデータが失われない「不揮発性メモリ」と呼ばれ、将来の情報処理を担う重要な技術でもある。不揮発性メモリの可能性を追求し、最先端の技術開発を進めているのが、理工学部ナノエレクトロニクス研究室、総合研究所 ナノエレクトロニクス研究センターの三谷 祐一郎教授である。
メモリとは、コンピュータやスマートフォンなどの機器が、情報を一時的または長期的に記録、保持するための装置だ。大きく分けて、電源を切るとデータが消える揮発性メモリと、電源を切っても情報を保持する不揮発性メモリがある。三谷教授は、この不揮発性メモリに関する研究を幅広く進めている。そのうちの一つが、長期間にわたって確実にデータを保存できるようにする、「信頼性」に関する研究だ。シリコントランジスタに代表される半導体素子は、常に電気的なストレスにさらされる。また、将来活用が期待されている量子コンピュータは、動作させるために絶対零度という過酷な環境が求められる。不揮発性メモリに至っては数十年にわたってデータを保持し続けなければならないため、メモリ内の各部品が劣化せずに性能を維持する必要がある。「なぜ部品が劣化してしまうのか、劣化しない方法はどのようなものが考えられるか、という研究です。この分野は一般企業に在籍していた頃から研究し続けています。」

現在、世界中に存在するデータ量は爆発的に増え続けており、2035年には2000ZB(ゼタバイト)を超えるという予測もある。データを保存するための物理的なスペースの確保や、省エネルギー化は世界共通の課題だ。その上、人工知能や生成AIが普及し一般的になり、データは保存し蓄積するだけではなく、常に利活用することが求められるようになった。しかしフラッシュメモリはその構造上、小型化や大容量化、動作の高速化に限界がある。そこで近年、注目を集めているのが「抵抗変化型メモリ」だ。文字や画像、プログラムの内容など、あらゆるデータはデジタルデータ、すなわち「0」と「1」の形で保存されている。フラッシュメモリでは、メモリ素子の中に電子を閉じ込めるかどうかで「0」「1」を記録している。一方、抵抗変化型メモリの素子は、絶縁体を金属で挟んだサンドイッチ状の構造をもち、絶縁体の電気抵抗を電圧によって変化させることで「0」「1」を記録する。単純な構造をしているため、小型化や積層化が容易で、消費電力も少なく、動作も高速だ。これまで世界中で研究開発が進められてきたが、抵抗変化する材料には毒性を持つ物質や、環境負荷が高い物質、希少物質が使用されることがほとんどであり、さまざまなリスクをはらんでいる。そこで三谷教授は、炭素を極限まで小さく構造化したナノカーボンに着目し、新しい素材として使用する研究開発を進めている。炭素は膨大な量が地球上に存在しており、無害で環境負荷も小さい。「シート状のグラフェンと、サッカーボール状のフラーレンの部分構造であるスマネン分子というナノカーボン物質を使います。スマネン分子を、グラフェンで挟んだ構造体をつくり、電圧をかける実験では、すでに抵抗の変化を実証できています。今後は動作メカニズムの解明を進め、性能向上を目指す試みをしています。」

従来のコンピュータは、メモリからデータを読み出し、CPUで計算をし、またメモリに書き戻すというやり取りを行っている。AIやビッグデータを取り扱う時代においては、この仕組みが消費電力や速度向上の課題となっている。解決策の一つが、インメモリコンピューティングだ。メモリ内にデータを保存するだけではなく、そのまま計算まで行うことができるため、データのやり取りにかかるエネルギーや時間を大幅に減らすことが可能となる。この仕組みが実現できれば、極めてセンシティブな個人データがクラウドのサーバーではなく手元のデバイスにあり、よりパーソナライズされたサービスをリアルタイムかつ安全に提供できる、「AIハードウェア」が現実のものとなる。情報を保存しながら処理をするこの仕組みは、人間の脳の仕組みに近いと考えられ、脳型コンピューティング(ニューロモルフィックコンピューティング)という設計思想が登場した。三谷教授は、脳型コンピューティングも現実のものとなるように研究を進めている。我々の脳は、神経細胞とそれらをつなぐシナプスが膨大に組み合わさり、電気信号をやり取りすることで学習や判断を行っているが、この仕組みを電子回路で再現しようとしているのだ。ニューロンやシナプスのつながり方や強さ、いわゆる重みを変化させることで自ら学習を行い、環境に適応でききるようになる。「物事を感じながら学ぶ動きをするAIや、自律型ロボットなどを実現する鍵となります。現在の生成AIは既存のコンピュータ上でソフトウェアを動かして、脳と同じような働き方をさせていますが、私は抵抗変化型素子でニューロンを模し、ハードウェアそのもので脳を再現したいのです。研究の余地は多く、実現にはまだまだハードルが高いですが、他の先生とも協力してクリアし、将来は企業とも取り組み社会実装をしていきたいですね。」

三谷教授は大学卒業後、株式会社東芝に入社。トランジスタを研究する部署に配属されるが、その後メモリの信頼性を研究する部署へ異動する。「私はじっくり考えるよりも、まずは動いてみるタイプ。会社の実験設備を使って、素子を作って翌朝には測定結果を出すということをしていました。当時の上司が、そういった姿勢を評価してくれて、そこから信頼性の世界に入っていきましたね。大学の研究職になったのも、自分で物を作りたいから。会社だと、年齢を重ねるとマネジメントの仕事が多くなってしまって、これは自分の性格には合わないなと思ったのがきっかけです。」

三谷教授自ら手を動かし実験も行う中で、学生や若い世代に伝えたいことがあるという。「実験後、失敗したデータをそのまま捨ててしまう光景に出くわすのですが、あれは本当にもったいないです。得られたデータは真実なのだから、その中に隠れているものはないか見つけてほしい。実験結果は自分が想定したデータはほぼ出ないものです。私の場合、仮に失敗しても発想を変えてすぐにもう一度やってみます。早く動いて早く結果を出せば、道はひらけますよ。」

心に留まった風景を、スマートフォンで何枚も撮影する。人生を変えてくれた文章をパソコンに保存して、何度も見返す。それらは0と1のデジタルデータとして、目に見えない小さな部屋に記録される。三谷教授の研究は、その「見えない部屋」をより確かで、豊かな場所にしようとする試みだ。電子の流れを制御し、材料の特性を見極め、データを長く正確に残し、よりパーソナルなものにする。近い将来、データは単なる情報ではなく、人の心の一部を映す鏡になるのかもしれない。
理工学部 電気電子通信工学科、大学院 総合理工学研究科 電気・化学専攻、総合研究所ナノエレクトロニクス研究センター教授。1992年、東北大学大学院工学研究科 材料物性学修士課程修了、株式会社東芝入社。不揮発性メモリ信頼性向上等の研究開発に従事。2009年、東京大学工学部 工学博士号取得(論文博士)。キオクシア株式会社 メモリ技術研究所 新規メモリ開発部グループ長等を経て、2020年4月より現職。