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基礎研究
2026/09/17

AI時代の、新しい外国語教育の姿を探る

共通教育部 / 総合研究所 教授佐竹 幸信
  • 機械翻訳
  • 英語ライティング学習
  • 脳機能イメージング
  • NIRS

生成AIは、私たちの暮らしを大きく変えつつある。その波は、英語をはじめとする外国語学習の場にも及んでいる。英文を書けば瞬時に添削され、わからない表現は日本語で尋ねることができる。相手を待たせる心配もなく、何度でも英会話の練習ができ、発音や語彙、プレゼンテーションの質疑応答まで支援してくれる。かつて教室や留学、英会話学校でなければ得にくかった学習機会が、今では一人ひとりの端末の中に広がり始めている。一方で、AIを使えば英語力は自然に伸びるのだろうか。学習者はAIが示した英文をどのように読み、何に気づき、何を身につけているのか。その内側にある学びのプロセスを明らかにしながら、AI時代の英語教育を探究しているのが、共通教育部の佐竹幸信教授である。

佐竹教授の研究は、機械翻訳や生成AIを英語教育にどのように活用できるかを、第二言語習得やライティング教育の観点から検討するものだ。特に重視しているのは、学習成果としての点数だけでは見えない、学習者の認知プロセスである。現在取り組んでいる研究では、AIや機械翻訳が示す英文を参考にする学習と、従来の教師によるフィードバックを受ける学習を比較し、英作文の成績だけでなく、学習中の脳血流の変化まで測定している。用いるのは、近赤外光を利用して脳の活動を捉えるNIRSと呼ばれる装置だ。主に文法や統語処理、言語産出に関わるとされるブローカ野付近の血流を測り、学習者が英文に向き合う時、脳の中でどのような活動が起きているのかを調べている。ただし、脳血流のデータだけで学習状況を判断することはできない。そこで佐竹教授は、実験後に学習中の映像、視線の軌跡の記録、及びNIRSの測定データを本人と一緒に見返し、血流が上がった場面や下がった場面で何を考えていたのかを聞き取る。ある時間帯に脳血流が上がっていても、それが構文を考えていたためなのか、語彙に反応していたためなのか、あるいは別のことに注意が向いていたためなのかは、数値だけではわからない。本人の言葉とデータを重ね合わせることで、AIを使った学習の効果をより立体的に捉えようとしている。「NIRSだけでは分からない部分があります。だから、その時に何を考えていたのかを本人に聞き、脳血流の変化と突き合わせて見ていく必要があるのです。」

自身の研究内容を説明する佐竹教授
自身の研究内容を説明する佐竹教授。

佐竹教授によれば、これまでの研究で、AIや機械翻訳の強みと課題の両方が見えてきたという。強みの一つが、豊富な表現方法だ。AIが示す英文には、教科書だけでは出会いにくい自然な表現や語彙が含まれる。例えば、日本語の「突き詰めた話し合い」に対して、AIが「in-depth discussion」のような表現を提示する。意味は知っていても、自分で英作文を書く時にはなかなか思いつかない表現である。学習者からも、見慣れない単語や表現があり勉強になったという声が多く聞かれた。実際、AI や機械翻訳のモデル文を見た学習者は、直後のライティングでは語彙面の評価が高くなる傾向が見られたという。AIを使えば、学習者は自分の中にある知識だけではたどり着きにくい表現に、短時間で出会うことができるのだ。

一方で、AI のモデル文を見た直後には語彙面で効果が見られても、約1か月後には、その優位が維持されにくい傾向もあるという。対照的に、教師によるフィードバックを受ける場合、学習者は自分が書いた英文を思い出し、日本語の意味に立ち戻り、文法や語順、コメントとの整合性を考えながら読み直す。そこには、自分の書いたものをもう一度組み立て直す負荷がある。脳血流の測定でも、教師によるフィードバックを読む群の方が、脳血流が高い傾向を示した。佐竹教授は、これを「AIを使う学習は浅い」と単純に捉えるのではなく、AIが示す英文を見る学習では語彙や表現への気づきが生まれやすく、教師のフィードバックでは文法や文の組み立てを深く処理しやすい可能性がある、と考えている。「AIが示した英文を見て、こういう表現があるのかと気づくことには大きな意味があります。ただ、それを見ただけで終わってしまうと、一過性の効果になってしまう。大切なのは、その後で実際に使うことです。」

AIは豊かな表現を提示してくれる。しかし、それを自分の言葉として使えるようにするには、学習者自身が繰り返し使い、別の文脈の中で試し、時間を置いて再利用する必要がある。佐竹教授が目指すのは、AIを単なる代筆者や翻訳機として使うことではない。AIがある時代に、人が本当に英語力を身につけるには、どのような学習活動が必要なのかを科学的に明らかにすることだ。その考えを具体化する取り組みの一つが、生成AIを活用した英語学習システム「Merry Chat」である。Merryには「楽しい」という意味がある。楽しく英語でやり取りすることを出発点に、英会話、ライティング、翻訳、プレゼンテーション、資格試験対策など、幅広い学習機能を備えたシステムとして開発が進められている。英会話機能では、学習者のレベルに応じて語彙の難易度を調整し、テーマや状況、使いたい文法、会話の速度や音声などを設定できる。会話の途中で返答に迷えば、日本語で質問し、説明を受けた上で再び英語のやり取りに戻ることもできる。英語だけで学習を続けさせるのではなく、必要な時には日本語で理解を補いながら、最終的には英語を使う活動へ戻す設計になっている。

Merry Chatの画面を操作し、実演を行う佐竹教授
Merry Chatの画面を操作し、実演を行う佐竹教授。

ライティング機能では、学習者が英文を書くとAIが添削や改善案を返し、書き直しを重ねながら表現を発展させることができる。プレゼンテーション機能では、発表内容へのフィードバックに加え、日本人学習者が苦手としやすい質疑応答の練習も可能だ。さらに、英検、TOEFL、IELTSなどを想定したスピーキングやリスニング、要約、英作文の練習にも対応する。学習者が一人で練習できるだけでなく、教員側が学習履歴や提出内容、評価、共通する課題を確認できる管理機能も備えている点に特徴がある。個人向けの英会話アプリとは異なり、Merry Chatは学校教育の中でAIをどう使うかを考えて設計されている。

Merry Chatの概要。佐竹教授の資料より引用。
Merry Chatの概要。佐竹教授の資料より引用。

佐竹教授自身が開発に関わっていることも、このシステムの大きな特徴である。プログラミングを専門としてきたわけではないというが、生成AIに日本語で指示を出しながら機能を追加し、画面や管理機能を作り込んできた。現場の教員はどこで困り、学生はどこでつまずくのか。授業で使うにはどのような管理機能が必要で、学習者が続けるにはどのような支援が必要なのか。英語教育の知見があるからこそ、AIに何を作らせるべきかを判断できる。「これから大事なのは、AIに振り回されるのではなく、自分の中にある経験や知識と、AIをいかにして融合できるかどうかだと思います。そこに付加価値が生まれるのではないでしょうか。」

英語教育において、教員の役割も変わっていく。AIは、会話練習、英文添削、発音、語彙、資格試験対策など、多くの学習活動を支援できる。だからこそ、教員は正解を与えるだけの存在ではなく、AIが提示した表現を学習者が理解し、使い、定着させるための学習設計者としての役割を担うことになる。特に理工系の学生にとっては、英語表現だけでなく、専門内容を英語でどう説明するかも重要になる。AIは幅広い知識を持つため、専門的な発表内容について、説明の仕方や質疑応答の練習まで支援できる可能性がある。理工系の専門教育と英語教育を結びつける上でも、AIの活用は新たな学びの形を開くかもしれない。
今後は、AIを活用した全学的な英語教育のモデルを構築し、その効果を検証していきたいという。成果が確認できれば、将来的には他の研究機関にも広げていく目標を佐竹教授は掲げている。その検証では、テストの結果や、学習ログの分析、アンケートやインタビューなどを通じて、AIを使うことで英語学習への意識がどう変わるのか、英語力にどのような変化が生まれるのか、どの機能が効果的なのかを確かめていくことになる。AIを導入して終わりではなく、実際の学習データをもとに、教育効果と運用上の課題を検証しながら改善していくことが重要になる。

Merry ChatのAIフィードバック画面。ユーザーが作成した英文を評価する。
Merry ChatのAIフィードバック画面。ユーザーが作成した英文を評価する。

佐竹教授がAIに強い関心を持つようになった原点は、機械翻訳の進化に触れた時の衝撃にある。かつての機械翻訳は不自然な訳も多かったが、ニューラルネットワークを用いた翻訳技術によって、その質は大きく変わった。自身でもこれほど自然には訳せないと思える英文が、一瞬で現れた。その経験が、AIを英語教育に取り入れる研究へとつながっていった。AIを禁止するのではなく、すでに存在するものとして受け止め、その上で人間に何ができるのかを考える。そこに、佐竹教授の研究姿勢が表れている。

「初めてAIによって翻訳された英文を見た時の衝撃は忘れられませんね。本当に見事な英文だったんです。」と語る佐竹教授。
「初めてAIによって翻訳された英文を見た時の衝撃は忘れられませんね。本当に見事な英文だったんです。」と語る佐竹教授。

日本では、英語を学んでも日常的に使う環境が少ない。英語を必要とする明確な目的がなければ、どれほど優れたツールがあっても継続的な学習にはつながりにくい。AIはあくまで手段であり、学習者自身が何のために英語を使うのかを見つけることが欠かせない。佐竹教授は、若い世代に向けて、AIでも外国語でも、自分の知らない領域へ挑戦してほしいと語る。新しい領域に踏み出すことで、今まで見えなかったものが見えてくる。英文学、第二言語習得、機械翻訳、生成AI。佐竹教授自身の歩みもまた、いくつもの経験が後からつながり、新しい研究へと展開してきたものだ。
AIは、英語教育を便利にするだけの道具ではない。学習者がどこで考え、どこで気づき、どのように自分の言葉を獲得していくのかを、もう一度見つめ直すきっかけでもある。人間の教師にしかできないこと、AIだからこそできること、その両方を見極めながら学びの形を組み替えていく。佐竹教授の研究は、生成AI時代の英語教育を、技術の導入ではなく、人が学ぶという営みそのものから捉え直そうとする試みである。

佐竹 幸信SATAKE Yukinobu
佐竹 幸信のプロフィール画像

共通教育部外国語共通教育センター教授。総合研究所外国語教育研究センター、センター長。2017年、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程修了、博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科学術研究員、上武大学専任講師などを経て、2023年より現職。

APPENDIX追加資料

・researchmap(佐竹 幸信)
・東京都市大学総合研究所 外国語教育研究センター

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