原子力の可能性が、未来の社会を明るく灯す
今この瞬間も、私たちは呼吸するように電気を使って生活している。電気を使わない生活は、もはや想像することさえできない。その電気を生み出しているのが、日本各地にある様々な発電所であり、その一つが原子力発電所だ。安全性や燃料サイクルの課題など、議論は尽きないが、少ない燃料で莫大なエネルギーを生み出すことができ、環境にもやさしいエネルギー源であることは紛れもない事実である。より安全で効率的な原子炉の技術開発や、原子力をさまざまな分野に応用する研究を進めているのが、理工学部原子力システム研究室の高木直行教授である。
火力発電も原子力発電も、熱によって水を沸かして蒸気にし、その力でタービンを回し発電するという仕組みは変わらない。火力発電は、石油や石炭、天然ガスといった化石燃料を燃焼させ熱を得るため、大量の二酸化炭素を排出する。一方、原子力発電は自然界で最も重い元素で、金属の一種であるウランが核分裂をする際に生じる熱を利用するため、発電時に温室効果ガスをほとんど排出しない。また、少資源国である日本では、化石燃料のほとんどを海外からの輸入に頼っており、国際情勢によって発電する材料そのものを輸入できなくなるリスクもはらんでいる。「ウランも輸入する必要がありますが、少量で大きなエネルギーを生み出すことができます。一度原子炉に入れると一年間は取り替えをしないで発電し続けることができる、エネルギー密度が高い燃料なのです。」

高木教授は革新的原子炉、特に「高速増殖炉」の設計を主な研究テーマとしている。現在、世界で最も普及している原子炉は、軽水炉という炉型だ。軽水炉では、普通の水(軽水)を「減速材」と「冷却材」という2つの役割で使用する。ウランが核分裂を起こすと、とても速い粒子(中性子)が飛び出す。反応を続けるためには、中性子の速度を遅くする必要がある。この役割を果たすのが減速材だ。水の分子にある、水素の原子核と衝突することで、中性子の動きが遅くなり、安定した状態で反応が持続する。同時に、反応で生まれた熱を水が受け取り、その熱を外へ運び出す冷却材としても水を使う。一方、高速増殖炉は、すぐには燃えにくい種類である「ウラン238」を燃料の原料として使う。ウラン238は、中性子を受けると、プルトニウムという燃えやすい燃料に変わる。つまり、発電をしながら燃料を生み出すことができるのだ。高速の中性子を使い、燃料を増やすため、高速増殖炉と言われる。冷却材には、水の代わりにナトリウムなどの液体金属が使われる。水は中性子のスピードを落とすが、液体金属は中性子のスピードを落とすことなく、高い温度でも沸騰しにくい。しかし液体ナトリウムは空気と触れるだけで発火するため、その扱いにはより慎重になる必要がある。また軽水炉より複雑な仕組みになるため、実現には研究開発が欠かせない。「高速増殖炉は使った以上の燃料を生み出すことができるため、これまでに輸入したウランだけでも、数百年はエネルギーを生産し続けることができます。さらにこの液体ナトリウムは、炉心を冷却するための電源を喪失しても自然対流によって冷やし続けることができます。夢のエネルギーと言われてきた所以はこうした点にあります。日本には“常陽“という実験炉と、“もんじゅ”という原型炉がありますが、もんじゅは2016年に廃炉が決定されました。しかし研究開発自体が停止したわけではなく、10年後には実用炉の一歩手前の実証炉が建設される予定です。」

高木教授の研究室では、原子力や核変換技術を応用する研究にも取り組む。その一つが、がんの治療法である「標的アルファ線療法」の医薬品主成分である、アクチニウム225(Ac-225)を生成する技術開発だ。がんの治療法の一つに放射線療法がある。特に近年注目されているのが、放射線の一種であるアルファ線を病巣の内部から照射し、がん細胞を死滅させる標的アルファ線療法だ。Ac-225は様々ながんへの有効性が確認されているが、自然界に存在しないため我々の手で作り出す必要がある。そこで用いられるのが、原子炉というわけだ。「Ac-225は流通量も非常に限られています。今は世界中でAc-225をどうやって作るのか盛んに議論されています。当研究室での研究より、高速実験炉の常陽でAc-225を大量に製造できることが分りました。来年度末には実証実験が始まる予定です。原子炉は電気を作るだけではなく、医療にも応用できるのです。」
原子力は、宇宙探査や月面開発の双方で不可欠な基盤技術として着目されており、高木教授の研究室でも原子力を宇宙に応用する様々な研究を進めている。宇宙探査の移動を担う原子力ロケットは、現在使われている化学燃料ロケットよりも高い推進効率を持ち、移動時間を大幅に短縮できるという。これにより、宇宙飛行士の被曝リスクが削減でき、より柔軟なミッションが可能になる。また、世界中で研究が進められている月面開発でも、原子力の利用が期待される。月面では昼夜が14日ずつ続くため、太陽光だけでは基地の運営が成り立たない。そこで、原子炉を月面に建てることにより昼夜を問わず安定した電力を供給し、生命維持装置、資源採取、居住設備など将来の月での持続的活動を支える。「ほかにも、原子力電池の研究もあります。これは、アメリカでは数十年前から開発している技術で、日本は遅れてしまっています。太陽光が届かない、宇宙のはるか先を飛んでいる探査機がいまだに地球と通信できているのは、この原子力電池を使っているからです。」

原子力と聞くと、これまでに起きた原子力発電所の事故が思い浮かび、目に見えず体で感じることもできない放射線への不安から、怖さを感じる人も少なくない。2011年の福島第一原子力発電所の事故も記憶に新しい。このような不安や恐怖感についてどう捉えるべきか、高木教授に尋ねると、物理学者で随筆家の、寺田寅彦の言葉を紹介してくれた。「“ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい。”怖がらなくても、怖がりすぎても良くありません。何事も同じですが、まずは正しく知ることが大切ですね。専門家と一般市民の間には、どうしてもリスクへの許容度にギャップがあります。どのようなところが怖くて、どのようなところは安全であるのか。どのような部分に気をつけるべきなのか。情報あふれる現代において、正確な情報をキャッチし、自分の頭で論理的に考える習慣を持つ。そのためにも私自身、メディアなどを通して積極的に原子力について発信するようにしています。これからは日本全体が感情的ではない客観的で合理的な判断、いわゆる科学リテラシーを持つことが重要になってくると思います。太陽のエネルギーは核融合で生まれるものですし、温泉でよく耳にするラジウム泉にはラジウムがあり、私たちの体にもカリウムという放射性物質が含まれています。意外と身近なところに核エネルギーは存在しているのです。」
高木教授は広島県の出身。幼い頃から、核兵器に関する話はよく聞いていたという。なぜ原子力の分野で研究を行うようになったのか。「広島の街を一瞬して廃墟にしてしまった核のエネルギーは、凄まじいものだと小さい頃から感じていました。この莫大なエネルギーを平和的に有効利用したら、世界に役立つ何かになるのではないかと思ったのが、進路を決めたきっかけです。会社員時代も原子炉設計の仕事をしていましたが、週末を使って論文や本を書き進める生活を送っていました。電力会社を経て大学に来ましたが、原子力はどこでもあまり良いイメージを持たれていないのは事実です。学生に対しても発電の他に、医療や宇宙開発といった分野にも応用できることを説明しています。原子力はこれからますます研究が必要になる分野なので、多くの人に興味を持って欲しいですね。」

高木教授は、原子力をめぐる複雑な議論を真正面から受け止めつつ、技術開発を進め、その可能性を冷静かつ丁寧に社会へ伝えている。発電、医療、宇宙開発といった幅広い領域で原子力が果たす役割をわかりやすく示し、科学的理解に基づく判断の重要性を強調する姿勢は、まさに研究者としての信念そのものだ。核エネルギーを平和に役立てたいという原点を胸に、未来のエネルギーと社会のあり方を見据えた研究と発信を今日も続けている。
理工学部 原子力安全工学科、大学院 総合理工学研究科 共同原子力専攻教授。1992年、東京工業大学理工学研究科 原子核工学博士課程終了、博士(工学)取得。同年、東京電力株式会社入社。2008年、東海大学工学部原子力工学科教授を経て、2012年より現職。