ナノメートルの動きで、未来を動かす
インターネットの回線が通じていれば、世界中からエンターテインメントを享受でき、わからない言葉を調べれば、すぐに検索結果となって出てくる。それらすべてがデータのやりとりであり、物理的な保存庫であるデータセンターから手元のデバイスにやってきていることを普段から認識している人は、そう多くないだろう。この世界に存在するデータ量は増え続け、データセンターの需要はますます高まっており、消費される莫大なエネルギー量が大きな課題となっている。記録媒体であるハードディスクドライブ(HDD)の効率化は、解決の大きな鍵となる。HDDや磁気軸受などメカトロニクス製品の研究開発を進めるのが、理工学部の藪井 将太准教授である。
藪井准教授は、自らの研究を「自分の目で見ても、きちんと動いているかどうかわからないほど細かい世界」と表現する。HDDは、磁性を帯びる物質を塗布したディスクを高速回転させ、その表面を磁気ヘッドと呼ばれる部品が移動することで、データを読み書きする。コンピュータやゲーム機本体から「カリカリカリ」という音を聞いた覚えがあるかもしれないが、あの音がHDDの動作音だ。ディスク上の狙った位置に磁気ヘッドを動かす必要があり、そこには「10nm(ナノメートル)」という精度が求められる。この制御を細かくすればするほど、同じ大きさのHDDにより多くのデータが書き込めるようになる。取材当時、店頭で購入可能な3.5インチHDDの最大容量は24TB(テラバイト)だが、将来的には50TB、またそれ以上の大容量を目指している。「HDD一台当たりに保存できる容量を大きくすると、台数はそのままでより多くのデータを扱えるようになります。効率的なデータセンターができるのです。」

大量のデジタルデータを格納できるHDDは、情報化社会において欠かかせない産業製品である。記録容量増大のためにはディスク上のデータの記録密度を増大させる必要があり、ディスク上のデジタルデータの物理サイズを小さくしなければならない。そのため、デジタルデータの読み書きを実施する磁気ヘッドはナノスケールオーダー、すなわち10億分の1メートルというスケールでの精密位置決めが求められる。

藪井准教授の研究は、宇宙にも広がる。ロケットの心臓部とも言われる部品、エンジン用ターボポンプ。その設計に必要な事前試験や性能評価を行うための試験装置の製作と制御系設計も行なっている。地上でロケットの試験を実施するための「ロケットスレッド」に関する研究を行っている。ロケットスレッドとは、新幹線に用いられるレールにスリッパーと呼ばれる台車を乗せ、ロケットエンジンで加速し、様々な高速・高加速度環境における実験を行うものだが、レールとスリッパー脚部が直接接触しているため、摩擦による熱と大きな騒音が発生し、最大速度にも限界が生じてしまう。これらの課題を解決するために、「完全磁気浮上スリッパー」を開発した。従来の磁気浮上型の装置は、レール(ガイド)側にも設備が必要となり、全体として複雑な設備となりコストもかかる。藪井准教授が開発したものは、スリッパーの4つの脚部でレールを挟み込み、それぞれに磁気力を発生させることで浮上させ、レールと脚部の距離を一定に保つように姿勢を0.1mmから0.2mm単位で細かく制御する。重量が11kgあるスリッパーでも、指一本で滑らかに動かすことができるという。「今後、民間企業がより積極的に宇宙開発を行うようになると、特定の機関に頼らず試験を行う必要性が増し、試験装置の需要も高まることが予想されます。日本は世界と比べて宇宙開発の遅れが指摘されています。このままではいけないと思い、開発を進めています。」

藪井准教授は現在、ロボティックライフサポート研究室に在籍し、ロボットの義手や触覚の開発を推進している。これまで、主に人間の代わりとして活躍してきたロボットだが、今後は人間と協働で作業をするようになり、直接、人間と触れ合う場面での活躍が予想される。動作の不備によって人間を傷つけてしまうことは決してあってはならない。「ロボットの世界では電気の力で機械や部品を正確に制御することが、これまでより一層求められています。私がこれまで研究を続けてきた分野ですので、成果を発揮したいと考えています。」

HDDから宇宙開発、さらにはロボットまで、研究の幅は広いが、全ては「ものを緻密に動かす」ことにつながるという。「大学に入学して制御工学を学んでいくうち、小さな部品を正確に動かす技術を突き詰めると、すばらしい世界が広がるのではないかと思い始めました。HDDは中でもトップレベルに細かな制御が求められる製品ですので、まずはこれを突き詰めてみたいと考えるようになりました。」
藪井准教授は令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「若手科学者賞」を受賞した。研究の原動力を聞くと、そこには日本への熱い想いがあった。「日本はもっとできるはずだと考えています。企業の時価総額ランキングでも、日本企業は鳴りを潜めてしまいました。世界の中心都市である東京でイノベーションが生まれることで、我が国のみならず世界を牽引できるようになると思います。若い世代には、チャレンジ精神をもっと持ってほしいですし、そのような環境を整えることが大切ではないでしょうか。本学や私の研究室から、技術と自信を持った学生が飛び立ち、社会で活躍できれば幸せです。」
私たちはつい、目に見える動きだけに集中してしまいがちだが、快適で充実した暮らしは、実に精密で多彩な電気と機械の制御によって支えられている。インターネットでエンターテインメントを楽しむときも、宇宙探査を通じて人類が新たな知見を得られたときも、そこには正確にほんの少しだけ動く、小さな部品がある。藪井准教授は、ナノメートルの世界から、人々の快適で充実した暮らしを支え、宇宙、そして未来を動かしている。

理工学部 機械システム工学科、大学院総合理工学研究科 機械専攻 機械システム工学領域准教授。2007年、三重大学工学部電気電子工学科卒業。2009年、三重大学大学院工学研究科電子工学専攻修士。2014年、北海道大学工学研究科人間機械システムデザイン専攻博士。