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ライフサイエンス
2025/06/25

細胞から紡ぐ、未来の「医」と「食」

理工学部 / 総合研究所 准教授坂口 勝久
  • 組織工学
  • 培養肉
  • バイオリアクター
  • 再生医療

医療は日々進歩している。それでも、まだ“治せない”が残っている。機能を失ってしまった臓器は自然には戻らず、治療の手立てが見つかっていない難病も数多く存在する。他方、私たちの体をつくる食に関しても見過ごせない問題がある。近い将来、食肉を当たり前に手に入れることができなくなる可能性があるのだ。治すことが難しい病や、肉を気軽に食べられない未来。それらを救う鍵が「細胞」にある。バイオテクノロジーで、再生医療、そして培養肉の研究を推進しているのが、理工学部の坂口 勝久准教授である。

病気や怪我などによって臓器の機能が低下し回復が難しい患者に対して、他人の健康な臓器を移植し機能を回復させる臓器移植は一般的なものになったが、慢性的なドナー不足や倫理的な課題がある。臓器移植に代わる手段として世界中で研究が進められているテーマが、再生医療だ。患者自身の細胞や、他者から提供された細胞をもとに、皮膚や心臓、神経などを再生する。人工的に臓器をつくり移植できれば、治療が難しかった病気への新たなアプローチとなり、患者のクオリティオブライフ(QOL)の飛躍的な向上が期待できる。坂口准教授は、人間の細胞を採取し、シート状に培養した「細胞シート」に関する基盤技術の研究を進めている。細胞シートは患部に貼り付けることで、組織や臓器の再生を図るもの。臓器移植とは異なり大規模な外科手術を必要としないため、患者や医師の負担も少なく、さまざまな臓器への応用も期待できる。そもそもどうやって細胞シートを作るのか、坂口准教授に尋ねた。「特殊な培養皿の上で細胞を培養させます。温度変化によって性質が変わるものが使用されていて、温度を低くすると細胞の構造を壊さずにシート状のまま培養皿から剥がすことができます。この方法は日本で開発された画期的な技術なのです。」

細胞シートを積み重ねる研究も進む。積層化することで、心筋や肝臓、軟骨など、より複雑で厚みのある組織の再生も可能になる。しかし、臓器の一部を作り出すことが可能になっても、それを移植し人体に定着させるためには、血液による酸素や栄養の供給が不可欠。坂口准教授は、細胞シート内に血管網をつくりだす研究も進める。「細胞シートを作製するための土台に微細な穴をつくり、そこに培養液を循環させます。血管内皮細胞という血管をつくる細胞を使うと、細胞シート内に培養液が流れるマカロニ状の穴を作ってくれるのです。

「私は機械工学科出身なので、機械の設計は得意分野。循環させるシステムも自分で設計して作るため、試行錯誤をクイックにできます。」と自身の研究を説明する坂口准教授。
「私は機械工学科出身なので、機械の設計は得意分野。循環させるシステムも自分で設計して作るため、試行錯誤をクイックにできます。」と自身の研究を説明する坂口准教授。

並行して研究を進めるのが、培養肉だ。世界の人口は増え、経済も豊かになり、タンパク源である食肉消費量は増え続けている。また畜産は環境への負荷が大きい。人為的な温室効果ガス排出の約15%は、畜産によるものだというレポートもある。さらに、家畜伝染病の脅威もある。毎年のように広がりを見せ、相当数の殺処分がなされている。そのような状況の中で安心、安全、安定的な食事へのニーズは高まり続けており、その一つとして培養肉が着目を浴びている。培養肉は組織工学を基に作られる、動物細胞由来の人工肉だ。動物を屠殺することなく、採取した筋肉の細胞を体外で増殖させて作る。細胞を筋繊維状に成長させることで、我々が日常的に食す肉類と同じような構造、栄養価を持つようになる。「代替タンパク質製品とよばれるものは、藻類や植物由来などいくつかあります。私たちが行なっているのは細胞を大量に培養させ、筋肉組織にする研究です。世界ではすでに製造販売が承認されている国もありますが、私たちが普段食べるステーキのようになるには、まだ先の話かもしれません。」

取材は坂口准教授の研究室で行われた。大小様々な実験器具が並ぶ。
取材は坂口准教授の研究室で行われた。大小様々な実験器具が並ぶ。

培養肉の製造では、大量に細胞を培養する工程が必要となり、そのための装置の開発も行なっている。大量に培養できればできるほど生産能力もあがり、コストも下がる。大容量培養装置の開発が進めば、バイオ医薬品への発展も期待できる。「バイオ医薬は細胞を培養する技術を用いて製造します。今は高額なものも多いのですが、大型の培養装置ができれば、薬剤費用も抑えられるようになると思います。」

坂口准教授の研究室で進めている研究の一例。
坂口准教授の研究室で進めている研究の一例。

坂口准教授は学部時代、機械工学科で人工心臓の研究を行っていた。きっかけはたまたま見かけたテレビ番組だったという。「耳が聞こえない少女に、人工内耳を入れるシーンがありました。初めて耳が聞こえるようになったその少女はとても喜んでいて、一つのデバイスで人のQOLを上げられるということに大変感動しました。それが、人工臓器を研究したいなと思ったきっかけですね。」

坂口准教授の研究室は「バイオテクノロジーで未来の医療と食を創造する」というビジョンを掲げている。これからの社会にどのようなインパクトを与えたいか尋ねた。「再生医療については、今不便を抱えている人、特に子供を救いたいという気持ちがあります。見えなかったものが見えるとか、走れるようになるとか、選択肢が増える世界にしたい。そして培養肉で新しい食文化、食のマーケットを創造できたら嬉しいです。」

学生や若手のうちに考えておくべきことを尋ねると、「医学といえば医師、というイメージが強いですが、私のように工学的なアプローチもある。色々な体験をしておくといいと思います。また、早いうちに簡単で構わないので、興味があることを見つけておくと良いのではないでしょうか。」と坂口准教授自身の経験を交えて説明してくれた。
学生や若手のうちに考えておくべきことを尋ねると、「医学といえば医師、というイメージが強いですが、私のように工学的なアプローチもある。色々な体験をしておくといいと思います。また、早いうちに簡単で構わないので、興味があることを見つけておくと良いのではないでしょうか。」と坂口准教授自身の経験を交えて説明してくれた。

病気や怪我が奪ったものを取り戻すために、人工的に臓器をつくる。地球にも動物にも優しい新たな食文化を生みだすために、人工的に食肉をつくる。かつてSFだった世界が、いま確かな現実として目の前に広がりつつある。坂口准教授は今日も白衣に身を包み、培養皿を観察する。細胞の一つひとつに、私たちの未来がつまっている。

坂口 勝久SAKAGUCHI Katsuhisa
坂口 勝久のプロフィール画像

理工学部 医用工学科、大学院総合理工学研究科 電気・化学専攻准教授、総合研究所先端生命工学研究センター センター長。2009年、早稲田大学大学院 生命理工学専攻 博士課程修了、博士(工学)取得。早稲田大学大学院 生命理工学専攻 准教授等を経て、2023年4月に東京都市大学に着任。

APPENDIX追加資料

・reaserchmap(坂口 勝久)
・東京都市大学 細胞・組織工学研究室 坂口研究室

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