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東京都市大学世田谷キャンパスの遠心模型実験装置

建築・土木
2026/10/07

重力を操り、斜面や擁壁が壊れる瞬間を再現する

建築都市デザイン学部 / 総合研究所 教授伊藤 和也
  • 地盤工学
  • 遠心模型実験
  • 労働安全
  • 斜面工学

坂の上の見晴らしのよい土地、崖の際に築かれた擁壁、山肌を削って通された一本の道路。私たちの暮らしは、人の手で形を変えられた土地の上に成り立っている。しかし土は、鉄やコンクリートなどの人工材料と比べ、場所や状態によって性質が大きく異なる。同じように見える斜面でも、地質や水の含み方によって強さは変わり、どこまで耐え、どこで崩れるのか、外からは見ることができない。まして、実際の斜面や擁壁を壊して確かめるわけにはいかない。そこで活用されるのが、小さな模型によって実際の地盤や構造物の挙動を再現する「遠心模型実験」である。この方法を武器に、斜面の崩壊や擁壁の被害から人々の命を守る研究に取り組んでいるのが、建築都市デザイン学部の伊藤和也教授である。

伊藤教授が専門とする「遠心模型実験」は、縮小した模型に大きな遠心加速度を与えることで、実物に相当する応力状態を再現する実験手法である。例えば、10メートルの斜面を50分の1に縮小すると、模型の高さは20センチほどになる。その模型に通常の重力の50倍に相当する遠心加速度を与えることで、実物の斜面に近い応力状態をつくり出すことができる。「小さな模型に大きな重力を与えて、実際の状態にしてあげる。しかも模型ですから、壊しても大丈夫。どのように壊れるのか、壊れないようにするにはどうすればいいのか。そこまで見られるのが、この実験の面白みだと思います。」

自身の研究を説明する伊藤教授
自身の研究を説明する伊藤教授。

遠心模型実験で捉えられるのは、崩壊の瞬間だけではない。様々な条件を試しながら、どこから変形が始まり、どの部分が弱点となり、どのように崩壊へ進むのか確かめることができる。さらに、地盤が建物などの重みによって長期にわたって徐々に沈下する現象である「圧密沈下」のように、現実には何年、何十年もかかる現象も、短い時間で観察できることから、海外では遠心模型実験装置を「タイムマシン」と呼ぶこともあるという。土の中でゆっくり進む変化を、人間が見られる時間に引き寄せる装置でもあるのだ。

地盤工学における遠心模型実験手法の図解。伊藤教授の資料より引用
地盤工学における遠心模型実験手法の図解。伊藤教授の資料より引用。

東京都市大学では、1995年に遠心模型実験装置を導入した。伊藤教授は学部生時代からこの装置に触れ、その後、研究テーマを広げながらも、遠心模型実験を研究の道具として使い続けてきた。現在研究室で用いられているのは、3代目にあたる装置である。模型を載せるスペースを広く取り、地震を再現する振動台や、雨を降らせる仕組み、内部を撮影するカメラなどを組み合わせることで、斜面崩壊や擁壁の変形をより詳しく観察できるようにしている。回転中の装置内部では、一般的なカメラが正常に作動しないこともある。最新機器であればよいわけではなく、強い遠心力の下で安定して使えるものを一つずつ試し、研究に使える形へ整えていく必要があったという。

高速で回転し、遠心力によって大きな重力を模型に与える(総合研究所ウェブサイトより引用)
高速で回転し、遠心力によって大きな重力を模型に与える。(総合研究所ウェブサイトより引用)

伊藤教授の研究の背景には、労働災害の現場に向き合ってきた経験がある。博士号取得後、厚生労働省所管の研究機関である労働安全衛生総合研究所にて、建設現場の労働災害防止に関する調査・研究に携わった。擁壁をつくる途中で斜面が崩れ、作業員が巻き込まれた現場や、遺跡調査のために掘った溝の壁が倒れた現場、道路工事中に雪解け水を含んだ土砂が流れ出した現場。事故が起きた後に現地へ入り、土の状態や施工の過程を調べ、なぜ人が亡くなる事態に至ったのかを明らかにする仕事だった。事故の件数は、法律の整備や対策技術の進展によって減ってきた。それでもゼロにはならない。伊藤教授は、研究の役割を「法律を変えるためのエビデンスをつくること」と捉えている。法律は守るものだが、現場の実態に合わず、人を守れないのであれば、変える必要がある。その時に求められるのが、なぜ危険なのか、どの条件で事故が起きるのか、どの対策に効果があるのかを示す確かなデータである。遠心模型実験は、その根拠をつくるための重要な手段となる。

近年、伊藤教授が取り組んできた研究の一つが、宅地に残る古い石積み擁壁の補強である。高度経済成長期以降、斜面地や谷の出口にも住宅地が広がった。古い擁壁の中には、現在求められる水準の安全性を十分に確保できていないものもある。大きな地震や豪雨で崩れると、住宅だけでなく道路をふさぎ、救助や復旧の妨げになる。2016年の熊本地震や2024年能登半島地震では宅地擁壁の倒壊や変形が相次ぎ、擁壁やのり面を含む宅地の安全性に対する課題が、改めて浮き彫りとなった。その対策には大きな費用がかかり、既存の工法では、住民が自費で負担するには難しい金額になることも少なくない。また、段々に住宅が並ぶ場所では、擁壁の前面から工事をすることが難しい。そこで伊藤教授らは、擁壁の上側から施工でき、費用を抑えられる補強方法の開発に取り組んだ。補強材を新しい方法で打ち込み既存の擁壁と一体化させることで、地震時にも擁壁が前方へ倒れ込むのを防ぐことができる。遠心模型実験では、無対策の擁壁と補強した擁壁を並べ、段階的に揺れを強くしながら変形の違いを比較した。無対策では前方へ押し出されていく擁壁が、補強によって持ちこたえる様子を確認することができた。共同研究先の企業とともに工法化を進め、都内にある小学校の建て替え工事で実際に採用されるまでになった。「そもそも日本は脆弱な地盤を持つ国土なので、相対的に安全な場所はあっても、どこでも地盤や擁壁に気を配る必要があります。住んでいる人が自分のお金で対策できるようにするのが理想です。まだ先は長いですが、少しでもそこに近づけたいと考えています。」

開発した方法で模型をつくり、実験を行った結果。無対策の擁壁は土が前に押されているのがわかる。伊藤教授の資料より引用。
開発した方法で模型をつくり、実験を行った結果。無対策の擁壁は土が前に押されているのがわかる。伊藤教授の資料より引用。

研究室では企業や研究機関との共同研究も多いが、そのほとんどに遠心模型実験装置が使われるという。装置の運転は教職員が行うルールとなっており、実験に向けた準備にも相応の時間を要する。それでも、現場で実際に起きている課題を扱う研究は、学生にとっても意義を実感しやすい。壊れるかもしれない構造物をどう守るか。新しい工法は本当に効果があるのか。実務に直結する問いに向き合うことで、学生はデータの取り方、模型の作り方、結果の読み解き方を身につけていく。遠心模型実験装置を持つ大学は多くなく、東京都内では東京都市大学を含め2校しかない。さらに、その装置を使いこなすにはノウハウが必要になる。模型を作り、計測機器を組み込み、条件を整え、得られた映像や数値から現象を読み取る。伊藤教授自身も、学生時代からさまざまな研究を手伝い、さまざまなテーマに触れる中で、遠心模型実験手法を自分の武器にしてきた。「実際にトラブルが起きている状態を解決するための研究なのだ、と明確に感じられるので、学生たちのモチベーションも高くなります。」

装置を説明する伊藤教授
装置を説明する伊藤教授。

今後、伊藤教授が重視しているのは、水と地盤が関わる複合災害の研究である。局地的な豪雨が増える中、地震や豪雨、水害と地盤被害が複合的に発生する場面も想定しなければならない。専門そのものは水害ではなくても、災害調査に携わってきた経験を生かし、水の流れと地盤の変化を結びつけて考える必要を感じている。また、建築物を支える杭基礎の研究にも力を入れる。見えない地中で構造物を支える杭基礎は、問題が起きてからでは対応が難しい。だからこそ、あらかじめ性能を確かめ、設計や認証を支える仕組みが求められる。「水と地盤をうまくリンクさせる研究は重要だと考えています。杭基礎についても、ちゃんと評価できる仕組みを作っていければいいですね。」

伊藤教授が若い世代に伝えたいのは、基礎を積み上げることの大切さである。理系の学びは、すぐに目新しい成果へ飛びつけばよいものではないという。数学や物理の基礎をおろそかにしたまま専門的な道具を使っても、なぜその答えが出たのかを自分の言葉で説明することはできない。AIや高度なシミュレーションが身近になった今だからこそ、「なぜこうなるのか」と疑問を持ち、手を動かして確かめる姿勢が必要になる。伊藤教授は子どものころから工作が好きで、作ったものを壊してしまうことも多かったという。その経験もまた、壊れ方を考える現在の研究につながっている。「基礎をちゃんと積み上げることが必要です。なんでこうなるんだろう、なんで壊れるんだろうと思う気持ちがあると、研究は楽しくなると思います。」

地盤は、普段は黙って私たちの暮らしを支えている。長い時間をかけて積み重なった地層があり、押され、折れ、削られてきた国土の歴史が刻まれている。見た目だけでは分からない土の性質を、小さな模型の中で再現し、壊れる過程を丁寧に見つめること。それは、複雑な日本の地盤を理解するためのデータを一つひとつ積み重ねる作業でもある。伊藤教授の研究は、地盤の中で起きる見えない変化を、目の前で確かめられる現象へと置き換えながら、私たちが暮らす土地の安全をより強いものへと変えていく研究なのである。

伊藤 和也ITOH Kazuya
伊藤 和也のプロフィール画像

建築都市デザイン学部都市工学科主任教授。総合研究所、副所長。総合研究所インフラと災害制御のマネジメントに関する研究センター、センター長。2003年、東京工業大学大学院理工学研究科土木工学専攻博士課程修了、博士(工学)。労働安全衛生総合研究所を経て、2015年に東京都市大学准教授に着任、2020年教授、2025年より現職。

APPENDIX追加資料

・researchmap(伊藤 和也)
・東京都市大学総合研究所 インフラと災害制御のマネジメントに関する研究センター(MIND)

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