都電荒川線の軌道緑化実験の様子
グリーンインフラがつなぐ、緑と人と健やかな暮らし
暑い夏に屋外を歩いているとき、大きな木の陰に入るとほっとする。公園を散歩したり、部屋に置いた植物を眺めたりする時間を、日々の楽しみにしている人もいるだろう。私たちの身近にある緑は、街を彩るだけの存在ではない。暑さを和らげ、雨水を受け止め、人が歩き、集う場所にもなる。こうした働きを暮らしの中でより活かすには、どこに緑をつくり、どのように使えばよいのだろうか。植物の性質を解明する研究から、都市空間やライフスタイルの提案まで、緑と人の関係を幅広く探っているのが、環境学部の飯島健太郎教授である。
研究のキーワードは「グリーンインフラ」だ。社会を支える仕組みに自然の働きを取り入れ、地域の課題を解決していく考え方である。核となるのは都市公園。そこに街路樹や河川沿いの緑、建物の屋上や壁面、個人の庭などをつなげ、街全体の環境を考える。一つひとつの緑地が点として存在するだけでなく、互いにつながれば、生き物の移動を支えるとともに、人にとっても歩いて巡りたくなる道になる。緑を増やすことと、その緑がどのように機能するかを考えるのである。「どうしても公園、特に都市公園は点として存在しています。点と点を緑で繋げていくのです。」

その発想を示す例として、飯島教授はアメリカのポートランドを挙げる。道路沿いの植栽帯を低くし、雨水が流れ込むようにする。建物の屋根に降った雨も、緑化した屋上で一時的に受け止める。雨水を一度に下水へ流すのではなく、街のさまざまな場所で受け止め、浸透させたり、ゆっくり流したりする仕組みだ。そして、同じ空間が生き物のすみかや人の憩いの場にもなる。一つの機能を最大にするだけでなく、複数の働きを組み合わせ、関わる人々にとってのよりよい答えを探す。それが飯島教授の考えるグリーンインフラだ。「満点ではないかもしれないけれど、そこに関わる全員が納得できる最適解に落とし込むインフラをつくること。これがグリーンインフラの考え方です。」
現在取り組む課題の一つが、街の暑さを和らげるための研究である。着目するのは気温だけではない。日差しで熱くなった路面や壁面から、人の体へ届く放射熱も重要になる。横浜キャンパスでは、植物で日陰をつくる「パーゴラ」を用いて熱環境を調べてきた。首都高速道路の大橋ジャンクションにおける壁面緑化では、刈り込みの時期や厚さを変え、熱環境への影響を検討した。植物を植えて終わりにするのではなく、その後の管理まで含めて緑の働きを確かめていくのだ。緑化の対象は、鉄道の線路にも広がる。都電荒川線では、乾燥に強い多肉植物の仲間である「セダム」を線路内に植え、軌道緑化実験に取り組んだ。セダムは線路の高さを越えるまで成長しないため、運行に支障をきたさない。緑化した場所と砂利のままの場所での表面温度の違いや、飛来する昆虫や土の中の生き物も調べ、環境がどのように変わるかを確かめた。調査に参加した学生たちは、事前に安全のための講習を受け、電車の接近に注意しながら調査した。研究内容と直接の関係はないが、その経験も学生にとって大切な学びになったという。「現場では安全を最優先に動く、と理解できたはずです。研究の成果を得ることだけでは、学生のためになりません。一緒に研究を行う企業や地域など、さまざまなところで指導を受けて、成長してほしいですね。」

飯島教授が植物に関心を持った原点は、中学一年生の時に買った赤いサボテンだった。不思議で、かわいくて、面白い。育てるうちに夢中になり、やがてサボテンの生産業者へ通うようになった。質問を繰り返す飯島少年に、社長は温室の一角と商品価値のなくなったサボテンを与え、自分で試してみるよう促した。土づくりから寄せ植え、納品や販売まで、さまざまな仕事を経験させてもらったという。そこで繰り返し言われた言葉は、飯島教授の記憶に深く刻まれている。「『花と緑は、目で見る“ごちそう”』とよく言われたんですね。自分が集めて楽しむだけでなく、一般の人々の暮らしを豊かにする使い方を研究しなさい、とも言われました。当時は十分に理解できませんでしたが、今の自分にもつながる言葉だなと思います。」
自宅で植物が増えると、物置の屋根の上にも薄く土を敷き、多肉植物を植えた。暑くなる屋根も、植物を並べれば涼しくなるのではないか。そんな発想から始めた試みだった。大学へ進み、都市緑化の研究室で卒業研究のテーマを考える際、親しんできた多肉植物がドイツでは屋上緑化に使われていることを知った。日本でも活用できるのではないか。その問いによって、好きで続けてきた栽培と、研究が結びついた。その後、研究の対象は人の健康へと広がる。きっかけの一つは、公衆衛生学を教える機会を得たことだった。学校や高齢者の健康を考える中で、公園や植物のある環境との関わりに気づき、園芸療法のプログラムも検討するようになった。緑は、そこに存在することで環境に働きかける。それに加え、人が中へ入り、歩き、触れ、使うことで生まれる働きもある。飯島教授は、この「存在効用」と「利用効用」の両方に目を向けている。

植物に触れる時、人の状態はどう変わるのか。脳科学の専門家と行った実験では、天然芝を見ながら触れる際の、前頭部の血流に関わる酸素化ヘモグロビン濃度の変化を計測した。その結果、緊張を示す状態から、安静を示す状態に変化したことが観察されたという。緑を見ることや触れることが、緊張を緩めるきっかけになるのではないか。こうした問いを確かめながら、人が緑と関われる環境を考えている。研究の対象には、植物そのものだけでなく、植物と過ごす人の行動も含まれる。歩き続けたくなる環境をつくる研究も、その一つだ。道路会社の協力のもと、横浜キャンパスの一角に舗装の異なるテストコースを設け、歩行実験を行っている。アスファルトやゴムチップ、ウレタンなどを用いた舗装で、歩いた時の感覚や動作にどのような違いが出るか、動画を解析し、歩幅や足の角度などから歩きやすさを検討する。さらに、雨水の浸透や流出にも目を向ける。人が歩きやすいことと、街の雨水を受け止めること。路面から地下の構造まで一体的に考えることで、暮らしと環境を支える道を目指している。

地域で住人と一緒に空間をつくることも、飯島研究室の活動である。横浜市の空き地を活用し、学生や地域の人々、行政が関わり合いながら、道をつくり、木や花を植えてきた。現場で出てきた石を園路に使い、以前の研究で使った植物も移して生かす。与えられた環境を調査するだけでなく、自分たちの手で変えてみる。その過程で、地域の人々と関わり、現場の課題を知ることができる。飯島教授が目指すのは、緑のある空間と、それを使う活動を、日々の暮らしに結びつけることだ。最先端の技術によって便利なサービスが増えても、屋外へ出て歩き、汗をかき、自分の手を動かす時間には意味がある。その機会を、誰もが利用できる環境の中につくりたいと考えている。「お金を持った人しか受けられないサービスや技術ではなく、誰もが取り残されずに享受できる環境や健康が重要だと考えています。そこを目指したグリーンインフラというものを、場作りやコンテンツを提供することで、社会に提言したいのです。」

木陰をつくる一本の木も、雨水を受け止める植栽も、人が集まって手を入れる庭も、使い方によって暮らしを支える場所になる。単に緑を増やすだけではなく、その緑の恩恵を誰もが享受でき、緑と暮らす環境をいかにして整えるのか。飯島教授が中学生の頃にサボテンの温室で得た「緑で人の暮らしを豊かにする」という問いは、街全体へと広がっている。グリーンインフラは、人々の暮らしに新たな可能性を芽吹かせる。
環境学部環境創生学科教授。1997年、東京農業大学大学院農学研究科農学専攻博士後期課程修了、博士(農学)。東京農業大学地域環境科学部助手、桐蔭横浜大学医用工学部准教授などを経て、2016年に東京都市大学総合研究所教授に着任。2020年より現職。