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マイクロアクチュエータ

機械
2026/08/07

ミクロの機械が、大きな世界をつくりだす

総合研究所マイクロナノシステム研究室 特別教授藤田 博之
  • バイオナノ技術
  • 環境発電
  • MEMS/NEMS
  • マイクロマシン

スマートフォンを傾けると画面の向きが変わる。友人や家族と一緒に、コントローラーを動かしてゲームを楽しむ。自動車は衝突の衝撃を感知し、エアバッグを作動させる。道路や橋、建物のわずかな振動を読み取れば、目に見えない劣化の兆候を知ることもできる。私たちの日常生活の背景には、数マイクロメートルという小さな世界で緻密に動く、数多くの機械の姿がある。その技術が、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)、日本語ではマイクロマシンとも呼ばれる分野である。半導体微細加工の技術を機械へと展開し、光学、エネルギー、医療・バイオへと応用の地平を広げてきたのが、総合研究所マイクロナノシステム研究室の藤田博之特別教授だ。

小さな機械と聞くと、精巧な細工物を思い浮かべるかもしれないが、藤田特別教授が取り組むMEMSは一点物のミニチュアではない。膨大な数のトランジスタを一度に作る半導体の加工技術を応用し、梁、歯車、ミラー、ピンセットのような三次元構造を、マイクロメートル単位で大量に作ることが可能だ。「一つひとつ削っていたら大変ですが、半導体の技術を使えば、100万個でも何千万個でもいっぺんに作ることができます。立体的で動くものを、シリコンチップと同じように大量に作れるところが面白いのです。」

自身の研究を説明する藤田特別教授。
自身の研究を説明する藤田特別教授。

藤田特別教授が1980年代に手がけた研究の一つに、生物の“せん毛”のように上下運動する微小な駆動装置の開発がある。長さ500マイクロメートル、幅100マイクロメートル、厚さ10マイクロメートルほどの小さな構造を多数並べ、温度変化による材料の伸び方の違いを利用して動かす。位相を少しずつずらして動かせば、上に載せたシリコンチップを少しずつ運ぶこともできる。さらに直径わずか数ミリの静電マイクロモーターでは、数マイクロメートルの隙間に電圧をかけ、静電気の力で回転運動を生み出す。大きな機械では磁石やコイルを使うが、ミクロの世界では静電気が力を発揮するのだ。「1マイクロメートルのコイルを巻いてくれと言われても、さすがに難しい。小さくなるほど、静電気が非常に有用になるのです。」

MEMSの代表的な応用例の一つに、光を操る微小ミラーがある。シリコン基板の上に作った鏡を静電気で傾け、レーザー光を走査する。1軸で動かせば線を描き、2軸で動かせば面を描くことができる。三原色のレーザーと組み合わせれば、手のひらに乗るほど小さなディスプレイも可能になる。自動運転車で注目される「LiDAR」と呼ばれるセンサーにも、この原理が関わる。レーザーを照射し、反射して戻ってくる光から前方の人や障害物までの距離を測る仕組みだが、光を振るミラーを小さくできれば、装置全体も小型化できる。近年ではスマートフォンにもLiDARが搭載されるようになった。光を操る技術は、ディスプレイや自動車だけにとどまらない。データセンターでは、コンピュータ同士をつなぐ光ファイバーの経路を切り替える光スイッチにも応用できる。電気信号に変換せず、光のまま進む先を変えられれば、消費電力を抑え、通信の柔軟性を高めることにつながる。

もう一つ、藤田特別教授が力を入れてきたのが、環境の微弱な振動から電気を生み出す振動発電である。さまざまなモノがインターネットにつながるIoT(Internet of Things)の時代には、橋梁、工場設備、物流、医療、スポーツなど、あらゆる場所にセンサーを設置し、状態を常時把握することが求められる。しかし、センサーを多数配置すれば、電池交換や電源配線が大きな課題になる。そこで着目したのが、機械や構造物が発するわずかな振動だ。たとえば、あまり振動を感じない街中の自動販売機に発電デバイスを貼り付けるだけでも、LEDを光らせる程度のエネルギーを取り出せる。この振動発電デバイスにもMEMSの構造が使われている。小さな重りが振動で揺れ、その下に作り込まれたくし歯状の構造が動く。振動によって電気の偏りを生じさせ、その変化から電流を取り出すのだ。工場のポンプのように常時振動している設備に取り付ければ、無線センサーを動かすための電力を賄える。橋やトンネルに設置して劣化を早く見つけることや、輸送中の荷物の温度や衝撃を記録することもできる。アスリートの耳の裏に取り付け頭部への衝撃を定量的に測ることも可能だ。小さな発電素子は、電池に縛られないセンシングの基盤になりつつある。

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振動発電機の動作を捉えた映像。くし歯の幅は20マイクロメートル(0.02ミリメートル)と小さい。

MEMSのスケールは、細胞の世界とも相性がよい。細胞の大きさはおよそ10マイクロメートル。藤田特別教授らは、5ミリ角ほどのチップ上に、細胞をつかむ微小なピンセットを作り込んだ。ピンセットの先端の隙間は20マイクロメートルほど。マイクロ流路を流れる細胞を捕まえ、押しつぶすことで、硬さや粘性を測定する。応用先の一つが、がん細胞の悪性度評価だ。がんが転移するには、体内組織を通り抜け、血管の壁を抜け、血流に乗って別の場所へ移動する必要がある。悪性度の高い細胞は柔らかく、組織の隙間を通り抜けやすい傾向があるという。血液中を流れるがん細胞を採取し、その数だけでなく、性質まで調べることができれば、手術後の経過観察や予後の判断に役立つ可能性がある。リキッドバイオプシーと呼ばれる現在の検査技術では、血液や体液中にがん細胞がどれだけ含まれるかを見る方法が中心だが、藤田特別教授が目指すのは、細胞そのものの状態を測ることだ。ミクロのピンセットは、目に見えない細胞の手触りを数値に変え、医療へ新しい判断材料をもたらそうとしている。「数だけではなく、細胞そのものの性質を見ることで、本当に悪いものかどうかまで見られるようにしたいのです。」

さらに近年の研究テーマが、皮膚そのものを生きたセンサー・ディスプレイに変える「皮膚ディスプレイ」だ。皮膚は常に新しい細胞を生み出し、古い細胞を垢として外へ出している。その再生を支える表皮幹細胞に着目し、炎症など体内のシグナルに反応して蛍光タンパク質を作るように設計した人工皮膚を移植すると、体調の変化に応じて皮膚の一部が光る。マウスを用いた実験では、炎症刺激を与えると光が強くなり、刺激が収まると元に戻り、再び刺激を与えるともう一度反応することが確認された。藤田特別教授は、この仕組みを「ほくろ」のようなものだと説明する。絆創膏のようなウェアラブルセンサーは、貼り直しや電源が必要になる。しかし、皮膚に組み込まれた生きた細胞であれば、同じ場所にとどまり、体とともに働き続ける可能性がある。炎症だけでなく、酸欠や熱中症など、検出するシグナルを変えれば、色の違いで体調の変化を知らせることも考えられる。人間だけでなく、体調不良を言葉で伝えられないペットや家畜への応用も視野に入る。

皮膚ディスプレイのイメージ。
皮膚ディスプレイのイメージ。マイクロナノシステム研究室ウェブサイトより引用。

MEMSから光へ、エネルギーへ、細胞へ、そして生きた皮膚へ。藤田特別教授の研究は、異なる分野を結びつけながら広がってきた。その背景の一つに、30年以上にわたるフランスとの共同研究がある。1990年代、フランスの研究機関が日本でマイクロマシンの共同研究先を探したことをきっかけに、東京大学生産技術研究所との連携が始まった。以来、数百人規模の研究者が日本に滞在し、日仏の研究者が互いの強みを持ち寄ってきた。厚い信頼関係を築き、競争ではなく補完関係が成り立ったからこそ、30年以上もの長期にわたる共同研究が続いた。

MEMSの発展イメージ
MEMSの発展イメージ。実用化されるまでには長い研究の積み重ねがあった。「アイデアを実証して論文を書くことはできます。でも、それが実際の市場で使われるようになるまでには、20年ほどかかることもあります。」と藤田特別教授は語る。

藤田特別教授がマイクロマシンに出会ったのは1986年。東京大学で非破壊検査や自立分散システム、MITでの超伝導マグネット研究など、いくつものテーマを経験した後だった。先輩研究者からマイクロマシンという新しい分野を勧められ、半導体技術で機械を作るという発想に興味を持った。アイデアは、専門の内側だけを見ていても生まれにくい。国際会議で別分野の話を聞くとき、共同研究者の講演に触れるとき、時差で眠れない夜に考えが巡るとき。外から入ってきた情報と、自分の中にある問題意識が結びついた瞬間に、新しい研究の種が生まれるという。藤田特別教授は研究をサーフィンに例える。みんなが集まる場所はすぐに混み合う。だが、早い段階でよい場所を見つけ、波を捉えることができれば、後から来る大きな流れが背中を押してくれる。そのためには、知識を蓄え、アンテナを張り、問題意識を持ち続ける必要がある。そして研究開発は登山に例えられるそうだ。登るべき正しい山頂を選択する。山頂に向かうための登山ルートを徹底的に調べる。難所をどのように越えるのか、選択を重ねる。「研究テーマそのものは時代とともに古くなってしまいますが、研究方法は変わらないものだと思います。チャンスの神様には前髪しかないと言いますね。前髪が来た瞬間につかめるように、いつも考えていて、準備しておくことが大事です。」

藤田特別教授は、工学を単なる役に立つ技術ではなく、文化として捉える。江戸時代のからくりが技術であると同時に文化財でもあるように、研究にも普遍的な価値がある。好きな絵画として挙げるのは、ルネ・マグリットの「光の帝国」。昼の空と夜の地上という、通常は同時に存在しないものが一枚の絵で出会う。機械と半導体、光と構造、細胞とセンサー。異質なものの出会いに火花が生まれ、そこに新しい問いが立ち上がる。「今あるものを見るのではなく、ないものを見るようにしなければいけません。いい研究とは、どれだけいい問いを問えるかです。」

多くの時間を笑顔で対応してくれた姿が印象的な藤田特別教授。今の若い世代に向けたメッセージを尋ねると、「今の若い人たちは、他人と自分を比べすぎてしまっている気がします。一生に一度の人生ですから、自分が好きなことを突き詰めていくことが幸せにつながるのではないかと思いますね。」と答えてくれた。
多くの時間を笑顔で対応してくれた姿が印象的な藤田特別教授。今の若い世代に向けたメッセージを尋ねると、「今の若い人たちは、他人と自分を比べすぎてしまっている気がします。一生に一度の人生ですから、自分が好きなことを突き詰めていくことが幸せにつながるのではないかと思いますね。」と答えてくれた。

スマートフォンの中で姿勢を測るセンサーも、車の前方を読む小さなミラーも、工場設備の振動から電気を取り出す素子も、細胞の硬さを測るピンセットも、体調の変化を光で示す皮膚も、すべては目では見えない情報を取り出し、人が分かる形へ変える技術である。ミクロの機械は、ただ小さいだけではない。目に見えない世界と人間社会の間に入り、光らせ、動かし、測り、知らせる。藤田特別教授の研究は、半導体の上に作られた微小な構造から始まり、いまや生きた細胞へと広がっている。まだ見えないものを見るために、今日も小さな機械は静かに動き続けている。

藤田 博之FUJITA Hiroyuki
藤田 博之のプロフィール画像

総合研究所マイクロナノシステム研究室 特別教授。1980年、東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了、工学博士。東京大学生産技術研究所教授、同マイクロナノ学際研究センター センター長、キヤノンメディカルシステムズ先端研究所所長などを経て、2018年より現職。

APPENDIX追加資料

・researchmap(藤田 博之)
・東京都市大学総合研究所マイクロナノシステム研究室

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